【元アップルCEOに24年ぶり再会】スティーブ・ジョブスを追い出した「レジェンド」は「アップルのいま」をどうみているのか

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 スティーブ・ジョブスを追い出した「レジェンド」は「アップルのいま」をどうみているのか




【ビジネス】【元アップルCEOに24年ぶり再会】
スティーブ・ジョブスを追い出した「レジェンド」は「アップルのいま」をどうみているのか
2016.11.24 08:00

 アップル創業者の1人であるスティーブ・ジョブス氏を追い出した男として知られるジョン・スカリー元アップル(当時はアップルコンピューター)最高経営責任者(CEO)が先頃来日した。都内でインタビューに応じたスカリー氏は、主力のスマートフォン「アイフォーン」の販売不振に苦しむアップルの現状に言及するとともに、イノベーションが起きにくい日本企業の問題を指摘した。筆者は1992年にアップルCEOのスカリー氏にインタビューしており、24年ぶりの再会となった。現在、ベンチャー投資やコンサルティング活動を精力的にこなすスカリー氏の髪は白くなったが、眼光鋭く持論を展開する姿は四半世紀前とほとんど変らなかった。

 スカリー氏は伝説の経営者だ。かつてジョブス氏から「このまま一生砂糖水を売り続けたいのか、それとも私と一緒に世界を変えたいのか」といわれたスカリー氏は、ペプシコーラの社長職をなげうって苦境のアップルに転身した。しかし、主力パソコン「マッキントッシュ」の販売不振に端を発した経営方針の違いからジョブス氏と決定的な亀裂を生じ、自身を追い出そうとしたジョブス氏を取締役会に諮って逆に追い出した男として知られる。スカリー氏はマッキントッシュに代わる端末として「PDA(パーソナル・デジタル・アシスタンス)」の製品化を目指したり、マックOSのライセンス提供を模索したりしたが、業績不振で1993年にはアップルCEOを退任した。

 92年2月のインタビューの際、53歳だったスカリー氏はPDAについて、「基本的な概念は5年ほど前に考えた“ナレッジ・ナビゲーター”だ。いまのパソコンより使いやすくデジタル技術で通信も取り込めて、単なる“道具”以上に人間のいろいろな活動に役立つ。例えば、電子書籍やインテリジェント機能を持つ移動通信機器もその対象だ」と述べている。スカリー氏は四半世紀前にスマホのようなモバイル端末をイメージしていたわけだ。

 アップルに戻ったジョブス氏はその15年後にアイフォーンで一世を風靡(ふうび)したが、2011年10月にはジョブス氏が急逝し、いまやアイフォーンの売れ行きも鈍化。新たなヒット商品を打ち出せずに業績にも陰りがでてきた現在のアップルをどうみるか。スカリーにアップルの課題を聞いた。

 「私はアイフォーンをはじめアップルの製品を愛している」と話すスカリー氏は、「ジョブスが亡くなった後も(CEOの)ティム・クックがすばらしい仕事をしている。アップルはテクノロジーで一番乗りしたい企業ではない。時間がかかっても最高のものを作りたいと考える企業だ」と述べ、課題というより期待度の高さを強調。古巣のアップルへの信頼は厚いようだ。

 売れ行き不振のアイフォーンに直接言及はしなかったが、スカリー氏は「2017年はアイフォーン発売10周年となり、特別なモノが出てくる」と区切りの年のアイフォーン“復活”に期待を寄せた。

 ジョブス氏がスカリー氏をスカウトしたのは、ブランド名を隠して複数のコーラの中でペプシのコーラが一番おいしいと言わせるCMでペプシコーラを飲料最大手に育てたマーケティング能力にほれたからだ。スカリー氏に今のアップルのマーケティングをどうみるか聞いてみた。

 「ジョブスは『クリエーティブな人のために“思考のための自転車”を作りたい』と熱く語った。そして『私はマーケティングを知らないのでぜひ来てほしい』と言って私を誘った」

 しかし、スカリー氏はマーケティングの本領を発揮することなくアップルを追われ、ジョブス氏が再びアップルに戻って、2001年に携帯型音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」を、07年にアイフォーンを発売した。スカリー氏は現在のアップルのマーケティングについて「ジョブスは(アップルに戻ってから)世界最高のマーケティングを行い、かつての弟子が師を超えた。今のアップルもジョブスのマーケティングの延長上にある」とジョブス氏を持ち上げる。

 アップルでは確執の末にたもとを分かった2人だが、スカリー氏は後に「ジョブスの最大の失敗は私をCEOにしたことだ」と述べ、アップルのCEOになったことで取締役会が自分とジョブス氏を引き裂いたと語っている。スカリー氏はジョブス氏との関係について、他によりよい選択肢があったはずだとの思いが強いようだ。

 スカリー氏は現在、「スカリーアドバイザーズ」を夫婦で運営し、ITや(金融とITを融合した)フィンテックなどの分野で有力なベンチャー投資に積極的に取り組んでいる。

 米国大統領選は大方の予想に反してヒラリー・クリントン前国務長官がドナルド・トランプ氏に敗れたが、スカリーはアップル時代にヒラリーの夫のビル・クリントン元大統領の応援演説を行うなどクリントン夫婦と親密なことが知られている。クリントン政権で一時は副大統領候補に名前が挙がったこともあった。今回のインタビューは大統領選前だったが、ヒラリー氏について「彼女は入念に準備している。大統領になっても立派に仕事をするだろう」と話していた。もしヒラリーが大統領選に勝っていたら、77歳と高齢ながら再び副大統領候補になっていたかもしれない。

 1992年のインタビューでは、スカリー氏がアップルを辞めるのではとの噂を聞いていたため、筆者は「近いうちに辞めるのか」と単刀直入に聞いた。スカリー氏は「10年でようやくこの業界が分かってきた。アップルCEOの立場に満足している。2つの夢は、PDAを世界に広げることと、アップルが30年、50年後の重要な企業であり続けることだ」と熱く語った。「まだやり残したことは多い」と力強く話していたのだが、その翌年には追われるようにアップルを退任した。

 今回、スカリー氏が来日したのはソフトウエア開発のワークアプリケーションズ(東京都港区)が主催した「カンパニーフォーラム2016」で講演するためだった。スカリー氏が今春出版したビジネス指南書「ムーンショット」で指摘されている「革新的ビジネスをどう作りあげるか」というテーマに沿った講演やその後のトークショーは、77歳とは思えない熱気を帯びていた。

 「ムーンショット」は、スカリーによると「それに続くすべてをリセットしてしまうごく少数の大きなイノベーション」という意味らしい。マイクロプロセッサー(MPU)やアイフォーン、インターネットなどがその例だ。

 日本企業がイノベーションを起こすには何が必要かと、スカリーに聞いたところ、「日本の企業には有能な人材が多いが、ビジネスの面では単一文化で多様性が足りない。起業家精神を発揮し、リスクを取れるか、世界のイノベーションとつながる意志を持てるどうかが課題だ。シリコンバレーは移民文化だ。世界中から有能な人材が集まるアドバンテージがある」と解説してくれた。(芳賀由明)
ジョン・スカリー 米ブラウン大卒、ペンシルベニア大ウォートン校で経営学修士。広告代理店を経てペプシコーラ入社。1983年社長を退任し、アップルコンピューター(現アップル)社長就任。会長兼最高経営責任者(CEO)を経て93年に退社。現在はスカリーアドバイザーズ代表。1939年生まれの77歳。











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