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「墓場まで持っていこうと…」闇社会との関係を問うた元銀行マンが明かす執筆秘話「これは、どの企業にもある話だ」【住友銀行秘史】

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 伊藤萬事件(イトマン事件)の核心の一部が元住友銀行の幹部によって明かされる。

 「墓場まで持っていこうと…」闇社会との関係を問うた元銀行マンが明かす執筆秘話.
 許永中(在日韓国人)が「闇のフィクサー」として動き、伊藤萬(中堅商社)が吸い尽くされ、当時の住友銀行までが大損害を被った事件の真相はこれで解明されたのか? 許永中達が吸い尽くした金は何処へ消えたのか? 更なる解明をしないと住金物産に吸収され消滅した中堅商社・伊藤萬が浮かばれないのではないか? 第二第三の伊藤萬が出ない様に更なる「伊藤萬事件」の解明を期待する。





【住友銀行秘史】【伊藤萬事件】
「墓場まで持っていこうと…」闇社会との関係を問うた元銀行マンが明かす執筆秘話「これは、どの企業にもある話だ」
2016.10.31 08:00

ecn1610310001-p1_イトマン事件の主要舞台だった旧イトマン本社=1999年9月8日、大阪市中央区本町
イトマン事件の主要舞台だった旧イトマン本社=1999年9月8日、大阪市中央区本町


 戦後最大の不正会計事件である「イトマン事件」の内幕を描いた「住友銀行秘史」(講談社)の売れ行きが好調だ。住友銀行元取締役の国重惇史氏が当時記録をつけた8冊の手帳をもとに執筆した話題作は、発売から約10日で10万部に達した。メガバンクを舞台にした大事件を内部から詳細に記録した国重さんに執筆の狙いなどを聞いた。

 秘史は国重さんのこんな経歴の紹介から始まる。《(住銀)企画部で大蔵省担当、いわゆるMOF担を長く務めた。MOF担として、「国重の前に国重なし、国重の後に国重なし」と言われ、名をはせた》

国重惇史氏(くにしげ・あつし) 昭和20年、山口県生まれ、東大経卒。43年住友銀行(現三井住友銀行)入行。大蔵省担当(MOF担)を約10年務めたほか、業務渉外部部付部長、本店営業第一部長、丸の内支店長などを経て、平成6年取締役に就任。住友キャピタル証券副社長や楽天副社長、同副会長などを経て、27年6月リミックス・ポイント会長。28年6月から同社社長。70歳。




 問題の手帳をつけ始めたのは業務渉外部の部付部長だった平成2(1990)年3月。《「イトマンがおかしくなっている」住友銀行トップたちは、このころから慌ただしく動き出すことになる》

 《1990年3月20日 問題のスタート 13時30分~14時10分 佐藤茂氏、桑原芳樹氏が磯田会長のところへ。3人。14時10分 磯田会長が巽(外夫)頭取を呼ぶ。巽頭取は銀行協会の集まりで外出…》。

イトマン事件 不動産事業で損失を抱えた中堅商社のイトマンが闇の勢力に取り込まれた。絵画取引やゴルフ場開発などの名目で巨額の資金を吸い上げられ、メーンバンクの住友銀行も約5000億円の損失を出した。大阪地検と大阪府警が平成3年、強制捜査に着手。その後、商法の特別背任、業務上横領などの罪で住銀出身の河村良彦・イトマン元社長や伊藤寿永光同元常務、フィクサーとして知られた許永中氏らが逮捕され、実刑判決を受けた。

 --全17章469ページにわたる本書では、約1年半にわたる事件の内幕を克明に記録している。密会の日時やそれぞれの発言について、住友銀行の磯田一郎会長や巽外夫頭取ら当時の幹部、大蔵省の土田正顕銀行局長、日本経済新聞記者の大塚将司氏などが実名で70人以上も登場する

 「あちこちから感想の声をいただいた。最後まで書こうか迷ったけど、(出版元の)講談社の人から、あなたの義務だといって粘り強く口説かれ、決心した。20年以上前にも書こうと思ったことはあります」

住友銀行秘史 「このままでは闇社会の食い物にされる」。著者の国重惇史氏は住銀の部長だった平成2年3月、イトマンをめぐる不正の実情を耳にし、こう危機感を強めた。ひそかに情報収集を行い、「レター」と称する内部告発文を作成。大蔵省やマスコミに送り、ついには当時の磯田一郎・住銀会長にも辞任を迫ることになった。秘史は、当時の記録を記した手帳8冊をもとに執筆。こうした事件の内幕や行内の派閥対立を実名で明かしている。



 イトマンをめぐる一連の金の流れなどを明らかにするため、国重氏は内部告発をするとともに、MOF担時代に培った人脈を使い記者などに接触していく。本作のもう1人の主人公ともいえる大塚記者とは生々しいやりとりが記されている。

《5月10日深夜 日経の大塚記者から電話

大塚 頼みがある。他の新聞社にイトマンから内部告発させてくれ。日経単独で行ったら潰されてしまうかも。

国重 わかった、やらせる。でも日経は日和見するかもしれない。

大塚 そのときは俺も腹をくくる。他の新聞社にネタを売って書かせる》

 国重氏は、大塚記者のほか朝日、読売、毎日、NHKの各社記者、大蔵省や東京地検などの担当者と密会や電話で連絡を取ったり、時には役員の運転手のところに一升瓶を持参して情報収集を行ったりした。

 --執筆に当たっての葛藤も書かれている

 「墓場まで持っていくという言葉がありますが、それがいいのかと、ずっと思っていた。そういう意味では書く必要もあったのかなと思います。住友銀行が舞台ですが、他の会社も似たようなことをしていた。どの企業にもある話なんです。それは強調したい」



 イトマンを利用する闇の勢力への対応をめぐって、当時の住友銀行の経営陣が右往左往する様子が生々しく描写されている。

 《3月29日 大塚記者が磯田会長を夜討ち 磯田会長苦悩の色が濃い

磯田 おかしいことはわかっている。ヤクザがからんでいる。どうしていいかわからない》

 会長派と反会長派に分かれた役員の対立に関する記述も。《5月15日 行内で情報収集

 5月18日にある浅草の三社祭には、磯田会長のほか、西副頭取、河村(イトマン)社長、鈴木氏、臼井専務、花村専務、塚田常務が参加する。(中略)三社祭は磯田派の総決起集会となるわけだ》

 混迷の様相を深めていくなか、コーポレート・ガバナンス(企業統治)の問題が浮かびあがってくる。

 --ガバナンスの強化は近年大きなテーマになっている

 「最近では東芝の事件とかがあった。サラリーマンとしてどうするかは本当に難しい問題だ。コンプライアンス(法令順守)やガバナンスをやらないといけない時代だが、完全には変化できてない」

 《イトマンに貸していた金融機関を集めた説明会で住友銀行の玉井英二副頭取が「責任を持ってちゃんとやりますから」と説明した直後、大阪銀行本店営業部副部長が「一筆書いてくれますか」と迫り、玉井副頭取が「逃げも隠れもしない。天下の住友銀行の副頭取の玉井が、みなさんの前で言っているんです。それにもかかわらず書いたものがいるのですか」》と反論するシーンが描かれている



 --イトマン事件をめぐっては、メーンバンクの住友銀行とそのほかの金融機関の温度差があった

 「1つには他の銀行もメーンバンクが貸せば全部貸すというメーンバンク主義がある。メーンバンク以外の他行に審査をしているのか聞くと形ばかりの審査だけをして、貸しますよと。海外ではそういうメーンバンク主義というのはない。じゃあメーンバンクが粛々としているかというと、こういったドタバタをしているわけです」

 《1月20日「チーム5人と大阪住友会館で

国重から、河村ドラマについて説明。

十河 準備不足だ。とても間に合わない。

国重 最終判断は1月23日しよう。それまで準備を進めよう》

 国重氏は役員だけでなく、同期や後輩とも情報交換や連携をとっていた。

 --当時、変わらないといけないという意識を持っている方はいたのか

 「たくさんいたと思いますが、みんないわない。サラリーマンだから。影じゃいっていたけれど。若手が集まって、上に内緒で住友銀行をどうするかという勉強会をやった。そのときにはずいぶん多くの参加がありました。意識はすごく持っているが、同時にサラリーマンでもあるのでなかなかできない」



 《当時「住銀の天皇」といわれたほどに行内で強大な権力を握っていた磯田会長》。国重氏は《この磯田体制こそが住友銀行に生じたひずみの原因。権力必腐》と記した。

 --その後も規制強化が続いてきた金融機関のガバナンスの崩壊はなぜ起こるのか

 「いつもおきる可能性はある。日本の銀行もトップが右といえば、みんなで右に行く可能性がある。実際のところは、どういう意思決定があって、誰に責任があるかは分からない。ガバナンスの崩壊によるものかはよく分からないですよね。ただ、住友銀行はイトマン事件当時、ガバナンスが壊れていた」(永田岳彦)

住友銀行 三井住友銀行の前身の1つ。江戸時代初期に大阪の銅商「泉屋」が、伊予(愛媛県)に開鉱した別子銅山に始まる住友グループの中心的存在で明治28年創業。45年に株式会社となり、昭和初期には財閥系5大銀行の1つとされていた。第2次世界大戦後の財閥解体で、昭和23年に大阪銀行と名称を変更したが、27年に住友銀行に戻った。61年に平和相互銀行を救済合併。平成13年、三井グループのさくら銀行と合併し、三井住友銀行となった。

prm1610310005-p4_戦後最大の不正会計事件といわれた「イトマン事件」の内幕を明かした著書「住友銀行秘史」と著者で住友銀行(現三井住友銀行)元取締役、楽天元副会長の国重惇史
_戦後最大の不正会計事件といわれた「イトマン事件」の内幕を明かした著書「住友銀行秘史」と著者で住友銀行(現三井住友銀行)元取締役、楽天元副会長の国重惇史

ecn1610310001-p3_大阪拘置所に移送される許永中氏=1999年11月6日
大阪拘置所に移送される許永中氏=1999年11月6日








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経済事件の舞台となったイトマン本社 =大阪市中央区(1991年4月撮影)


許永中受刑者
伊藤萬事件の中心人物、許永中







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